日本が2030年温室効果ガス排出削減目標を60%以上にすべき理由
2022.06.30
地球規模で急速に拡大している地球温暖化。日本も含め多くの国が今世紀半ばまでのカーボンニュートラル達成目標を宣言するなど、国際社会の取り組みも活発になっています。日本でも2050年までのカーボンニュートラル達成に向けた取り組みが進んでいますが、ドイツのシンクタンクによるクライメート・アクション・トラッカーの報告書は、日本は2030年の温室効果ガス削減目標を大きく引き上げ、62%減(2013年比)を目指すべきとしています。一体なぜ62%なのでしょうか?
(クライメート・アクション・トラッカー報告書執筆の倉持壮さんの講演をまとめました)
目次
パリ協定と1.5℃目標〜内容に入る前に〜
近年の国際的な気候変動対策の動きを加速させた要因の一つとして、2016年11月に発効した「パリ協定」は避けて通れません。パリ協定は、2015年にパリで開催された「国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)」で合意された、2020年以降の温室効果ガス(Greenhouse Gas: GHG)排出削減等を目的とした京都議定書の後継に当たる国際的枠組みです。
京都議定書と異なり、発展途上国を含む全ての参加国にGHG排出削減の努力を求めるもので、世界共通の長期目標として「(産業革命前=19世紀後半からの)気温上昇を2℃より十分低く抑え、1.5℃以下を目指す」(通称「1.5℃目標」)ことが合意されました。参加国は5年ごとに削減目標を記したNDC(Nationally Determined Contribution:国が決定する貢献)を更新して国連気候変動枠組条約事務局(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)に提出し、レビューを受けることになりました。
世界気象機関によると、世界の平均気温は産業革命前と比べて2020年時点で既に1.2℃程度上昇したと言われています*が、2021年10〜11月にイギリスのグラスゴーで開催されたCOP26でも、引き続きこの1.5℃目標を維持し、実現に向けた努力を続けることを参加国で確認しました。
*https://unfccc.int/news/2020-was-one-of-three-warmest-years-on-record (UNFCCC)
(パリ協定の参考ウェブサイト)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1w_000119.html (外務省)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/ondankashoene/pariskyotei.html#topic02 (経済産業省資源エネルギー庁)
日本のGHG排出削減目標とCAT報告書
日本では2020年10月に菅義偉前首相が所信表明演説で、2050年までにカーボンニュートラル(GHGの正味排出量をゼロとすること。ネットゼロとも言う。)を達成するとの目標を表明。この目標に整合すべく、2030年時点のGHG排出削減量をそれまでの26%から46%(いずれも2013年比)に大幅に引き上げる目標を2021年4月に発表し、UNFCCCにNDCを提出しました。
他方で、「クライメート・アクション・トラッカー(CAT)」プロジェクトは同年3月、日本は2030年までに同60%以上削減を目指す、より野心的な目標を設定する必要があるとの報告書を発表。2050年ネットゼロにとどまらず、1.5℃目標を達成するために、この水準を追求していかなければならないといいます。今回のウェビナーでは、この報告書を執筆されたドイツのNewClimate Institute主任研究員の倉持壮様に、なぜ日本は60%以上削減を目指すべきなのか解説いただきました。当日の資料を見返しながら、振り返っていきたいと思います。
倉持様の略歴はこちらをご参照ください。
CAT(クライメート・アクション・トラッカー)とは?
CATは2009年に発足したプロジェクト。現在はNewClimate InstituteとClimate Analyticsというドイツの2つのシンクタンクにより運営され、各国の気候変動対策の評価、世界の GHG排出・気温上昇見通しを定期的に更新して報告書にまとめています。
日本を対象とした報告書*では、1.5℃目標に整合すべく目指すべき排出削減目標を提示。総排出量と、排出セクターごとの目標水準も示しています。分析結果は、積み上げ型でなくトップダウン型(1.5℃目標を達成するためにどれだけのGHGを排出できるか分析するアプローチ)で分析しています。
現状のおさらい
これは1970〜2020年のGHG総排出量の推移を示したグラフです。現在、CO2換算で総GHG排出量は50ギガトン以上となっています。うちCO2は、化石燃料由来の約35ギガトンと土地利用・土地利用変化由来も合わせると40ギガトン弱となり、総排出量の8割近くに上ります(2020年)。CO2以外のGHGでは、メタン、亜酸化窒素、フッ素系温室効果ガス(Fガス)があります。
このグラフは、気温の上昇がCO2の累積排出量にほぼ比例することを示しています。すなわち、全てのGHGにおいて、とりわけCO2の排出量を削減するのが一番の肝ということです。
こちらは、CATによる平均気温の長期見通しです。端的に言うと、現状の世界の気候変動対策はパリ協定の1.5℃目標を目指す場合、非常に不十分とのことです。
グラフ最上部の青い帯は現行政策シナリオ(各国の2030年のNDCにおけるGHG排出削減目標と各国の各種エネルギー目標の達成を前提とせず、各国で現状実施されている政策を評価した上でGHG排出量を推計)におけるGHG排出経路です。グラフ最下部の1.5℃目標の排出経路(緑色の帯線)と比較すると、GHG排出量は2030年時点でCO2換算19〜23ギガトンもの隔たりがあります。
2100年時点で見ると、現行政策シナリオでは世界の平均気温は2.5〜2.9℃上昇する見通し。仮に全てのネットゼロ表明国、検討国が目標年にネットゼロを達成する楽観的なシナリオを想定した場合も1.8℃上昇すると推計されています。
なぜ60%以上なのか?
1. IPCC特別報告書
CAT報告書は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による「1.5℃特別報告書」(通称)で提示されている、少なくとも50%の確率で平均気温上昇を1.5℃以下に抑えられるシナリオに基づきGHG排出削減量などを分析しています。
GHGのうち、CO2以外のガスは排出削減が難しいとされ、重点的な対策が必要なのはCO2です。1.5℃特別報告書によると、2030年時点で世界全体ではCO2の正味排出量を45%削減(2010年比)しなければならないとされています。
2. 先進国=削減率大
上述の通り2030年の世界全体のCO2削減目標は45%ですが、発展途上国より先進国の方が将来の人口増加率や経済成長率は低いため、CO2の排出は減少傾向にあります。そのため、削減目標はより大きくすることができます。
3. 未実証のCO2除去技術に過度に依存しないため
IPCCの1.5℃特別報告書では、将来の実用化に向け開発中で、現在は未実証のCO2除去・削減技術の活用が盛り込まれています。一つはバイオマスを燃焼してエネルギーを生産する際、CO2を回収・貯留(CCS)するBECCS(炭素回収・貯留付きバイオマス発電)、二つ目は植林と再植林です。
同報告書は、平均気温が一旦1.5℃を超え(「オーバーシュート」という)て1.6℃程度上昇しても、その後GHG排出量を削減することで、最終的に平均気温の上昇を1.5℃の水準に戻すシナリオも提示しています。しかし、これらはCO2除去・削減技術をはじめとする未来の技術の普及を楽観視したものとも言え、実現可能性について不確実性があると指摘されています。このためCATでは、1.5℃特別報告書のうちオーバーシュートなし、またはオーバーシュートの程度が小さいシナリオを選択し、その中から2050年時点でのBECCSと植林・再植林の想定量が過剰でないシナリオについて検討したとのことです。
これらの検討に基づきCAT報告書は、日本は2030年のGHG排出62%減(2013年比)を目指すべきだとしています。これは不確実性の高い将来を楽観視した結果起こり得るリスクを避けられるよう、可能な限り早い段階で先手を打つというメッセージだったのです。倉持氏は「1.5℃を超えたらゲームオーバーではないが、今後10年大幅に対策を強化しないと将来さらに大変になる。社会・経済システムを抜本的に変える努力を世界でしていかなければならない」と強調しました。
また、IPCCの1.5℃特別報告書は世界全体のGHG排出量削減にかかる費用を最小化するモデルに基づき計算されており、先進国と発展途上国の公平性は考慮されていません。経済的に豊かで歴史的に排出量の多い先進国は、GHG排出の削減により大きな責任を果たすべきだとの指摘もあります。これを考慮すると、日本の目指すべき削減量は62%よりもさらに大きい水準になると言えるでしょう。
部門別の2030年目標
CAT報告書では、以下のようにGHG排出セクターごとの2030年目標も提示しています。
- 発電
- 再エネ・原子力・CCS付火力発電:60%以上
- CO2削減対策なしの石炭火力:実質フェーズ・アウト
- 産業
- 脱炭素化が困難な産業でも2030年までに大幅なCO2排出原単位の削減
- 電化の促進
- 運輸
- 乗用車:非プラグイン・ハイブリッド(HV)は2030年代に新車販売からフェーズアウト(ガソリン車は言わずもがな)
- 部門全体でも急速な燃料構成の転換
- 家庭・業務
- ZEB/ZEH*:2030年目標(日本政府が検討している新築の建築物に対する高水準の省エネ性能の確保や太陽光発電設備の導入)の着実な実施が必須 (*ZEB: Zero Energy Building ZEH: Zero Energy House)
- ストック対策:既存の建築物についても早めのリプレイスが重要
発電部門においては、CCS付火力発電は完全にCO2排出ゼロにはならず、削減量は多くても7〜8割程度となる点に留意が必要です。また倉持氏は水素について、アンモニアに転換して発電部門で混焼/専焼するよりは、脱炭素が困難な航空、製鉄部門などで優先的に使われるべきと指摘。水素は再エネや原子力などから生産されるべきで、化石燃料由来の水素はクリーンではないと説明しました。
また、航空、製鉄、セメントなどのセクターは脱炭素化が難しいといいます。特にセメントは、セメント製造時に原材料からCO2が出てしまうので、そもそも原材料を変えない限り脱炭素化は困難だと話しました。
なお、地方自治体に目を移すと、日本の2030年GHG排出削減62%減(2013年比)を達成するには、鉄鋼業などGHG排出削減が難しい部門を抱える自治体もあるため、他の自治体がより高い目標を掲げるなどして日本全体で補完していく必要もあります。
まとめ(2030年へ向けて)
- 温室効果ガス総排出量は、2013年比60%以上削減を目指すべき
- 脱炭素化に向けて社会・経済システムの抜本的な改革が必要。全ての部門において大規模な転換を今すぐ始めないとならない。電力需要も現状から2割程度の削減を目指すべき。
- 「革新的技術」の開発・展開も長期的には重要だが、既存の低炭素技術(洋上を含む風力、太陽光発電、ZEB/ZEH、EV等)をまずは2030年までに最大限に導入していくことが重要。
なぜ、日本は2030年にGHG60%以上の削減(2013年比)が必要かお分かりいただけたでしょうか?
では、どうやって実現するかということに関しては、上記の部門別の2030年目標やまとめに加え、例えばIEA(国際エネルギー機関)のロードマップも参考になります。省エネのさらなる普及と再エネの導入拡大が重要です。
省エネ:
- 建築物の断熱性能を高める(新築、既築とも)
- 使用機器を省エネ性能の高い機器にする
再エネ:
- 電力や自動車などの燃料を再生可能エネルギーに変える
自治体単位でも同じです。
ゼロエミッションを実現する会では、上記の施策を実際に自治体で進めるために、行政や自治体議員への情報提供、議会への請願・陳情活動をおこなっています。あなたもやってみませんか?
少しでも興味があれば、ゼロエミッションを実現する会事務局までご連絡ください。
すでにスラックにご参加の方はスラック内チャンネル #よろず相談 にてご相談ください。
(参考)
ウェビナーの録画はこちらから↓↓↓
ウェビナーの資料はこちらから↓↓↓
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今まで取り組んだことのない方でも大丈夫。
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